古墳を中心に古代について、私生活も含めて語ります


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古代のロマン・古墳をめぐる・・その3-6

朝日カルチャーセンター・現地講座案内
古代のロマン・古墳をめぐる その3-6  2012.9.20

山の辺の道添いの古墳 4 
古代王家中興の継体天皇の皇后手白香皇女はどこに眠るのか

今日は先月に引き続き「山の辺の道」を中心に分布する大和(おおやまと)古墳群の主要部を巡る。
JR「長柄駅」の踏切を東にわたり上ツ道を横切って、市立朝和小学校の前を過ぎると県道天理桜井線(国道169号線)に出るこの交差点には「刀根早生(とねわせ)大和の柿」の看板がある。丘陵部一帯は果樹園が多く柿、みかんの産地となっている、古墳の墳丘もよく利用されている。刀根早生は富有柿ほどの大きさの渋柿であるが、出荷後炭酸ガスで処理して美味しい柿となって売られる。


県道との交差点を更に東へ進み県道天理環状線を東へ横断するとすぐに小さなミカン山がある「マバカ古墳」と呼ばれている前方後円墳で県道の建設に先立って県立橿原考古学研究所が行った調査によると土器の形式、濠の状況から箸墓古墳より古く纏向の勝山、ホケノ山古墳などと同じ最古級である可能性が出てきたとしている。古墳の前方部を横切る形で道は右に曲がって南へ行く、車道はすぐ左(東)へ行くが曲がらずにそのまま南へ畔道を下池山古墳のある下池に向かう。

 下池の堤に上って古墳に行く。この古墳では竪穴式石室の検出と大型木棺が見つかっている。木棺はコウヤマキ材をくり抜いたもので約5m残っていた。この木棺の残骸は橿原市の奈良県立橿原考古学研究所付属博物館に展示されている。築造年代としては墳丘から出土した土器片から桜井市の箸墓古墳とほぼ同時期の3世紀末頃とみられている。
 この地区には古墳時代初期の古墳が覆いが前方後方墳が多い。この時期の東海地方との交渉が反映されていることも考えられる。

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左:下池山古墳、左が前方部。右:後方部へ向かって墳頂を上る、。

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説明板でお勉強

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説明板の写真。左:墳丘全景、西から。中:平面図。右:出土した内行花文鏡。

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下池山古墳頂からすぐ東に宮内庁指定の継体天皇皇后の御陵西殿塚古墳、その左方に本当の手白香皇后の陵とされる西山塚古墳。

手白香皇女は継体天皇の皇后で欽明天皇の母に当たる。継体天皇は6世紀初めの人なのでこの西殿塚古墳は年代が古く日本書紀に言う手白香皇女衾田陵でないことは確定的で、衾田陵は後で訪問する西山塚古墳で大阪府高槻市にある継体天皇が支配していた埴輪工場で作られた埴輪が出土しており、古墳築造時期からも手白香皇后の陵であることが確定的とされている。
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手白香皇后陵拝所。

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左:西殿塚古墳、東殿塚古墳説明板。中、右:同左出土埴輪。
両古墳は3世紀後半の古墳成立期に続けて築造されたとされている。

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西山塚古墳。左:説明板と墳丘、東北から。右:東南から。


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前方後方墳波多子塚古墳

県道天理環状の北にはヒエ塚古墳、南にはノムギ古墳がある。
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左:ヒエ塚古墳、ノムギ古墳説明板。中・右は同左写真。

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ノムギ古墳は発掘調査が実施されていた、今日から着手したという。以前にも後方部で調査したが、埋葬施設は発見されていない。掘削予定箇所にテープがはられていた。(現状高さから墳頂部は削平されている可能性がある。)

<写真はクリックすると拡大します>


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by yumeoijyuku | 2012-09-21 15:30 | 古墳めぐり案内