古墳を中心に古代について、私生活も含めて語ります


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大和の古墳をめぐる・・その2-24

御所市の古墳②  2010.05.20

 巨勢路の古墳から掖上鑵子塚古墳へ
 今日の集合地点、近鉄「市尾駅」付近から南へ4月に歩いた「薬水駅」の南付近までが巨勢谷でその南では近鉄が東に振って吉野へ向い、JRは西に振って紀河ノ川沿いを南下して和歌山市に向かう。
「市尾駅」を出るとすぐ北西に市尾墓山古墳が見える。公園として復元整備されている。全長66m、後円部径39m、高さ10m。前方部幅49m。周濠がめぐり外には外堤がつくのでかなり大きく見える。後円部の横穴式石室は玄室長5.9mで右肩袖の短い羨道がつく。奥壁にも羨道があって石棺の蓋をこちらから搬入したと理解されている。大和でも最大級の凝灰岩製刳り抜き式家形石棺がある、ここの横穴式石室は古式のもので大和において地域首長が採用した例としては最も古いものの一つで、築造者の先取性がうかがえる。石羨道に扉があって石室には入れないが窓から覗いて見学できるようになっている。 
古墳公園の入り口から南へ駅の方に戻り、県道を西へ行くと間もなく右手に念仏寺があって天満神社への参道となるのでここを上る。社殿の右手に宮塚古墳がある。全長44mの前方後円墳。北に回り込むと横穴式石室が開口している。玄室奥には凝灰岩の家形石棺が復原されて置かれている。蓋の長辺には各2個の縄掛け突起があって、四角ばった形は墓山古墳のものより新しい型式といわれている。石室は入れないが、照明されていて見学し易くなっている。市尾墓山古墳より少し後のもので6世紀前半か中頃のものとされている。

 元の県道を西へ行きすぐに右手に入る、曽我川、JRを越えて県道を右へ行く。老人ホームのところを左にハイキングにうってつけの道を行くと20分ほどで掖上鑵子塚古墳の前方部に出られる、突当たりの道路を右へ行くと後円部への侵入通路が有る、古墳は田圃の中に横たわっている。前方部を南西に向けた前方後円墳で、全長150m、後円部径102m、高さ17.5、前方部幅88m、高さ12m。幅30mの周濠が巡っているが前方部南側では近接して存在する径50mの円墳のため輪郭がゆがんでいる。築造時期は5世紀後半ころと見られる。南葛城では今日後で行く室の宮山古墳に次ぐ規模を誇り、この地域における有力首長墓といえる。

日本武尊白鳥陵から巨勢山北麓の古墳群へ

 次は日本武尊琴弾原白鳥陵に行こう。道路を西に向かい鴻池病院を過ぎたあたりから道なりに南へとって山を迂回する形で御陵に行く。日本武尊は天理市に御陵のある景行天皇の子で天皇の命によって、朝廷に服従しない熊襲・出雲などを征討、その後東国の蝦夷を征討せよと命じられ平定を終えて帰る途中、伊吹山の神との戦いで、草那芸剣を持っていなかったため破れてしまう、傷を負いながらも、今の三重県亀山市の能褒野(のぼの)に辿り着いた時、ついに力尽きその地で死んでしまう。日本武尊の魂は、白鳥となって大和へ向かい、この琴弾原を経て、今の羽曳野市古市に降り立ち、その後白鳥となって何処ともなく天高く飛び去ったと『古事記』にある。したがっていずれの墓にも亡骸は無いことになる。

朝の出だしから降っていた小雨が昼前には止んでいた。しかしここまではカメラをしまったままだったので、写真は有りません。

 御陵から南西にあたる国道309号の変則交差点のすぐ西の道を南へ入る。すぐに右へ折れて西に進む。間もなく右手に見える丘が「條ウル神古墳」である。2002年3月に発掘調査の現地説明会があった。6世紀後半の築成とみられ、石室の大きさは現状では長7.1m、幅2.4m、高さ3.8mを測り同時代の橿原市の五条野丸山古墳、石舞台古墳に匹敵し、家形石棺は蓋の長辺に縄掛け突起が3個づつ付いた特異なもので、同様の石棺としては2003年に報告された天理市のハミ塚古墳が知られる。
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絛ウル神古墳、右:説明板、中:墳丘、右:墳丘遠景

ここから西へ少し進むと左手に古墳群の説明板がある。ここを左に入る。条池に沿って條庚申塚古墳、条池北古墳、条池南古墳が南北に北から並んでいる。市教委が昭和61年に立てた説明板によると、条池北古墳は石室が破壊されていたが、右片袖式の横穴式石室があって西の池側に開口している。条池南古墳も西に開口しており、左方袖式石室で短い羨道があったと考えられている。築造時期は北古墳が6世紀後半、南古墳が6世紀中~後半と推定された。今日は条池北・南古墳の墳丘には草が茂っており近づけなかった。
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庚申塚石室、左:開口部、右:玄室奥壁、天井石が割れている

宮山古墳のある八幡神社に向かう。八幡神社を通って後円部に上る。古くから神社を祀っていて、宮山古墳の名前もここから来ている。西南西に面する前方後円墳で全長246m、後円部径140m、高さ25m、前方部幅168m、高さ22m。雄大な姿が良く目立ち古くから知られている古墳である。
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前方に宮山古墳

昭和25年(1950年)に盗掘が有って発掘調査が行われている。後円部の竪穴式石室が調査された。他に古墳の主軸に平行して北側にも埋葬施設があったらしい。石室は全長5.5m、緑色結晶片岩の割石をほぼ垂直に積み上げていた。凝灰岩の切石で造られた天井石は6枚あったらしいが、西端の一枚は無かった。石室中央には竜山石を使い底石と4枚の側石で出来た組合わせ式長持形の石棺がありその全面に朱を塗っていた。蓋石の上面には格子亀甲紋と呼ばれる矩形の装飾的な彫りくぼみがあって、円筒状の縄掛け突起が4面に2個ずつ計8個ついていた。この古墳は長持型石棺と共に石室上に樹立された埴輪群に特徴がある。埴輪は橿考研附属博物館で展示されている。古墳時代中期(5世紀前半)の古墳と判定されていて、天理市の行燈山古墳(崇神天皇陵)、渋谷向山古墳(景行天皇陵)に続く時代の古墳で、今日訪ねた掖上鑵子塚古墳、奈良市のウワナベ古墳、コナベ古墳と同時期のもので、奈良市では大型古墳の築造が終わるが、奈良県では大和郡山市新木山古墳、大和高田市築山古墳、河合大塚古墳と続く大型古墳に先駆けるもので、古代の葛城を代表する古墳といえる。後円部山頂の石室が開口していて石棺を見ることが出来る。竪穴式石室の中を覗けるのはここだけといわれている。
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墳頂でお勉強

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石室開口部、左:開口部を見る。右:石室には一人やっと入れるスペースが有って組立式石棺式石棺の蓋、室内が観察できる。

国道309号を西へ500mほど行く、国道24号との交点にあって葛城川にかかる宮戸橋の交差点のところのバス停「宮戸橋」から近鉄御所に行き帰途につく。
バスは1時間に一本程度で、時間があったので駅まで歩いた。

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途中に孝昭天皇の御陵がある。古墳ではない。

<<写真はクリックで拡大します>>
by yumeoijyuku | 2010-05-20 23:31 | 古墳めぐり案内