古墳を中心に古代について、私生活も含めて語ります


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友史会 2011海外遺跡の旅 参加報告 12/12

11月28日、帰国

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左:早朝に起床して現地時刻7時前にホテル出発。、霞にかすむ上海から浦東空港へ。中・右:出発準備。

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左:出発。中:滑走。右:上海上空。

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左:途中はほとんど雲の上。中:関空接近。右:着陸。

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左・中:関空到着。右:解散、帰宅。

みなさんお疲れ様でした


 この「海外遺跡の旅 藤原京・平城京の源流を求めて」は橿原考古学研究所 友史会主催のもと前園實知雄先生による資料作成・現地同行解説、㈱国際交流サービスの旅行・見学手配ならびに現地における補助説明によって実施されました。関係者の方々に感謝いたします。

<写真はクリックすると拡大します>

 同行された方がホームページで詳しく報告されています。
→ http://www.bell.jp/pancho/travel/china-3/preface.htm
by yumeoijyuku | 2011-12-11 15:28 | 現地説明会、講演会

友史会 2011海外遺跡の旅 参加報告11/12 

11月27日上海その2、上海博物館

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景徳鎮窯青釉雲竜紋壺(15世紀中期)

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景徳鎮窯雲竜紋壺(清雍正期、1723~1735年)

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左:展示館入口。中:案内。右:夏代晩期の十字紋方鉞(夏は殷の前の中国最古の王朝とされている=二里頭文化、前1900~前1600年頃)。

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前11世紀前半頃の鼎(=てい、本来古代中国で使われた煮炊き用の器):夏代から王位または王位の象徴として使われたという。

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西周(前9世紀中頃)のベル。銅鐸の起源のようにも思われる。

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左:剣。中:剣の柄尻。右:柄尻の加工再現。

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菱形紋剣春秋晩期(前6世紀前半頃~前476年)

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エントランス

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左・中:左に円形の上海博物館の建物。右:博物館前のビル街。

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左・中:上海万博記念棟。右:中国最後の夜ハワードジョンソンホテルでの夕食。


この「海外遺跡の旅 藤原京・平城京の源流を求めて」は橿原考古学研究所 友史会主催のもと前園實知雄先生による資料作成・現地同行解説、㈱国際交流サービスの旅行・見学手配ならびに現地における補助説明によって実施されました。関係者の方々に感謝いたします。
by yumeoijyuku | 2011-12-11 00:11 | 現地説明会、講演会

友史会 2011海外遺跡の旅 参加報告10/12

11月27日、西安→上海→上海博物館

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左:西安咸陽空港へ。中:空港到着。右:手続き待ち。

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左:搭乗手続き中:。中:大明宮は去年の10月1日に開園している。右:搭乗口へ。

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左:空港風景。中:駐機場所までバスで移動。右:同形のバス。
バス乗車中にアクシデント発生!!カメラを落として壊してしまった・・・。でも安心、友達から借りてきた予備のカメラがある。しかし、カメラは託送しているので上海到着まで使用できなかった。(現在携行品事故の保険請求中。)

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左:託送バッグを受け取って撮影再開。上海空港近くの街並み。中:鉄道駅.右:リニアカーの線路、運行中の車両は撮影失敗。

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上海寸景

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上海博物館。中:解説・・商(殷)、周における(およそ前16世紀~前3世紀)の出現期から、漢・魏、南北朝に至る焼き物。右:西周の焼物。

次の写真からは五代以降。

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白釉蓮華紋刻壺、「官」印あり、五代時代(907~960年)

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景徳鎮窯春壽銘青釉雲竜紋、明洪武期(1368~1398年)。
テレビの「お宝鑑定団」の通り、皇帝のものは竜の爪が5本描かれている。

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景徳鎮窯青磁絡み花紋水指、明宣徳期(1426~1435年)

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景徳鎮青緑色釉皿青釉蓮と魚絵、明成化期(1465~1487年)

この「海外遺跡の旅 藤原京・平城京の源流を求めて」は橿原考古学研究所 友史会主催のもと前園實知雄先生による資料作成・現地同行解説、㈱国際交流サービスの旅行・見学手配ならびに現地における補助説明によって実施されました。関係者の方々に感謝いたします。

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by yumeoijyuku | 2011-12-09 22:48 | 現地説明会、講演会

友史会 2011海外遺跡の旅 参加報告9/12

11月26日その2、秦始皇帝兵馬俑・陵→唐橋陵→唐恵陵

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2号坑の武人達1、歩兵。右:靴裏の滑り止めまであらわしている。

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同上2、中級軍使。

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同上3、高級軍使(将軍俑)。

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左・中:保存作業。右:場内旅客サービス棟で昼食、連日昼・夜は同じような料理が出された。ホテルの朝食は毎日同じ中華・洋食バイキング。
 兵馬俑は皇帝陵を守るために「東西南北四方にあって陵を守っている」と考えられていたが、今では御陵の東だけに有って、東からの敵から守るために造られたとされている。

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左:始皇帝陵入口、兵馬俑からは約1km離れている。中:世界遺産の標識。右:始皇帝陵
 墓道は東西南北を一片とする方形の東西南北各辺の中央部に取り付いているが、東墓道が大きく東門が正門とされている。地下には水銀の川が流れていると古くから伝わっている。実際の調査でも水銀の反応が強いという。

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唐朝第5代(684~690)・8代(710~712)皇帝睿宗・李旦の橋陵。左:墓道、石版をモザイク様に敷き詰めた参道が延々と続く。中:標識、橋の字が旧字と簡体字が使われている、簡体字は1956年以降順次使用されてきたが左の標識は1983年であるが旧体字が使用されている、右の標識は1988年建立で簡体字使用。右:神獣、小さい羽根を持っていて水陸空を駆けるという。

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唐朝第9代玄宗皇帝の兄李憲の唐恵陵(死後帝位が送られている)。左:墳丘。中:門、常時は閉まっているが特別に開けてもらえた。右:墓道。

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同上、左:墓室。中:石棺と言っても人が立って入れる。右:石棺内。
24日に訪問した唐・永泰公主墓、章懐太子墓も同様の墓室・石棺を持っていた。

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左:人物線刻、二人向かい合っている。右:線刻模様。


この「海外遺跡の旅 藤原京・平城京の源流を求めて」は橿原考古学研究所 友史会主催のもと前園實知雄先生による資料作成・現地同行解説、㈱国際交流サービスの旅行・見学手配ならびに現地における補助説明によって実施されました。関係者の方々に感謝いたします。

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by yumeoijyuku | 2011-12-08 16:42 | 現地説明会、講演会

友史会 2011海外遺跡の旅 参加報告8/12

11月26日その1、秦始皇帝兵馬俑博物館

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玉祥門、西安市中心部を囲む城壁の西壁にある2つの門のうち北側の門。朝の集合前にホテルから歩いて、西約15分の玉祥門へ行った。今回旅行の唯一個人行動での市内見学だった。

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兵馬俑博物館。左:兵馬俑陳列棟。中:一号抗。右:始皇帝陵。
西安のホテルからバスで約45分、博物館入口前まで特別にバスで入らせてもらえた。

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始皇帝陵の封土近くで発掘された銅車馬。左:皇帝用の馬車。中:妃用の馬車(屋根がついている)。右:出土状況。

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中:出土品の復製品。右:着用例。

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左:一号抗展示庁。中:入口。右:博物館と皇帝陵(左奥、黄色い札の手前)の模型。

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左:一号坑解説。中・右:兵馬俑。

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左:兵馬俑。中・右:発掘、整理中のものが置かれている。

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左・中:出土時点では着色がよく残っていた。右:1974年3月、井戸を掘っているとき兵馬俑を見つけた最初の発見者の一人、揚継徳さん。20元でサインと写真を撮らせてくれる。


この「海外遺跡の旅 藤原京・平城京の源流を求めて」は橿原考古学研究所 友史会主催のもと前園實知雄先生による資料作成・現地同行解説、㈱国際交流サービスの旅行・見学手配ならびに現地における補助説明によって実施されました。関係者の方々に感謝いたします。
by yumeoijyuku | 2011-12-08 10:22 | 現地説明会、講演会

友史会 2011海外遺跡の旅 参加報告7/12

11月25日その3、大明宮

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左:大明宮遺址博物館。中:大明宮配置模型。右:麟徳殿復元模型。
大明宮は唐長安城外北東部に突き出たところにあって、歴代皇帝の住まいであった。

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左:麟徳殿で接待する則天武后。中:接待を受ける日本の遣唐使、粟田真人と言われている。右:説明

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左:鴟尾、昭陵から出土。中・右:大明宮の瓦1。

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大明宮の瓦2。

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白石象、2004年大明宮遺跡出土。

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左:含元殿平面図。中:解説。右:含元殿復元模型。

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含元殿。大明宮の正殿で皇帝は主にここで政治を司った。群臣との会食、外国使節との謁見、大典、閲兵など重要な儀式を行った。左:含元殿東より。中・右:含元殿最南端、ここの眼前に下の写真中央の広場が広がる。。

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左:含元殿の宴会場。中:正殿前広場ここに文武百官が整列する。右:広場から見た含元殿。

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大明宮屋外模型。左:中央に太液池。中:太液池の西にある麟徳殿。右:含元殿、中央部右手に数本ある樹木の向こう。この右手に広場がある。

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右・中:含元殿復元模型。右:電気用マンホール


この「海外遺跡の旅 藤原京・平城京の源流を求めて」は橿原考古学研究所 友史会主催のもと前園實知雄先生による資料作成・現地同行解説、㈱国際交流サービスの旅行・見学手配ならびに現地における補助説明によって実施されました。関係者の方々に感謝いたします。

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by yumeoijyuku | 2011-12-06 23:36 | 現地説明会、講演会

友史会 2011海外遺跡の旅 参加報告6/12

11月25日その2、陝西省考古研究殷→唐皇城牆含光門、同遺址博物館→唐長安城大明宮

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陝西省考古研究院。左:表札。中:歓迎表示。右:研究室内部

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左・中:出土品の保存作業。右:今回の旅では行かなかったが「大雁塔」がかすかに見えた。
 研究院はドイツの協力のもと、発掘担当部署から依頼される出土品の保存処理を行っている。処理した遺物の一部を展示しているが撮影禁止。

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左・中:唐皇城牆含光門。右:博物館入口。
西安市内中心部の長安城城壁は時代と共に変化してきた。現在あるのは明代のもの。

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左:城壁断面図。中・右:城壁遺跡

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西門道跡

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左:シルクロード起点の標識。中:含光門模型。右:同左通路。

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長安城大明宮。左:案内標識。中・右:大明宮の南中央の丹鳳門。


麟徳殿跡。大明宮北部にある太液池西方の西壁近くにあって宮廷貴族や外国使臣の大宴会場、南北130m余、東西80mの壮麗な宮殿。日本の遣唐使の最終目的地である。遺跡は復元遺跡の下1.5mに保存されている。

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左:麟徳殿案内標識。中:模型。右:復元平面図。



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by yumeoijyuku | 2011-12-06 21:12 | 現地説明会、講演会

友史会 2011海外遺跡の旅 参加報告5/12

11月25日その1、陝西歴史博物館

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左:陝西歴史博物館正面。中:案内板。右:表札。
国立博物館なので「省」が入っていない。

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左:前園實知雄先生。中:先生と館長。右:博物館館長。
当博物館では今回、奈良県・奈良県立橿原考古学研究所主催の特別展「日本考古展」が開催されている関係で、館長自ら歓迎していただき、館長と前園先生の賀詞交換で始まった。館長からは①遣唐使以来国同士の付き合いがある、②中国最初の日本考古展が開催できた、③日中歴史のつながりを感じてほしい。との挨拶があった。

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VIPルームで接待を受けた。

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日本考古展導入部①

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同上②日本語での紹介がある。

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日本の出土品①

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日本の出土品②

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日本の出土品③

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左:博物館エントランス。中・右:陝西省の主力はやはり兵馬俑。

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天空高く凧が泳いでいた。左:博物館から。中・右:皆さん関心がある。


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by yumeoijyuku | 2011-12-05 23:55 | 現地説明会、講演会

友史会 2011海外遺跡の旅 参加報告4/12 

11月24日その2、永泰公主墓→章懐太子墓→唐乾陵

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左:永泰公主墓入口には土産物の売人。中:案内略図。右:乾陵博物館

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左:絹の道、当然西安で終わっている。中:胡人がやってきた。右:唐三彩、胡人と駱駝

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左:永泰公主(皇女)墓入口。中・右:墓道、かなりの傾斜で掘り込んでいる。

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左:墓道。右:墓室入口、墓室内には石槨がある。(石室内部は同様の章懐太子墓参照)。

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左:章懐太子墓入口、太子は則天武后の子、母親の機嫌を損ねて庶民に落とされたまま死亡するが、弟の4,6第中宗帝によって名誉回復、埋葬された。。中:説明板。右:墓道

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左:朱雀。中:墓室入口(玄門)。右:同右細部。

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石槨。左:上部角、中:左の下部の線刻、その下は床石、右:壁の線刻。


唐朝第3代高宗李治と皇后の則天武后の合葬陵、乾陵。左:参道南端から見た御陵となっている梁山。中:馬と石人。右:その先には武人像が続く。

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左:参道西の闕(三回折れ曲がっている、東も同じ)。中:東の闕。右:将軍像

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by yumeoijyuku | 2011-12-05 23:50 | 現地説明会、講演会

友史会 2011海外遺跡の旅 参加報告3/12

11月24日その1、唐昭陵→昭陵博物館

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ホテル5階居室から。

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左:唐昭陵に向かう。中:渭河(いが)を北へ越える。右:山道を延々と上る。

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左:昭陵のある山。中・右:参道付近からの眺望。

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左・中:参道。右:ここに唐朝を実質的に創業した2代太宗李世民(立像が建っている、626~649年)が眠る。
山上陵制の初めで、以後平野に築かれた3陵を除き、他の15陵は皆、渭河北岸の山に設けられた。

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参道にある西闕遺跡(闕=けつ、宮門の脇に築いた台、その上を物見とした)。左:参道南東から。中:北東から。右:説明板。

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昭陵博物館へ。左:道路がきれいに整備されている。中:博物館の入口。右:奥は陪臣李勣の墓。

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左:文官俑。中:三彩。右:園内点景

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墓標類

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乾陵へ。左:沿道にみられる墓地、墓標が立つものもある。中:乾陵が近い。右:永泰公主墓入口。

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by yumeoijyuku | 2011-12-05 23:18 | 現地説明会、講演会