古墳を中心に古代について、私生活も含めて語ります


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古代のロマン・古墳をめぐる・・その3-4  

朝日カルチャーセンター・現地講座案内
古代のロマン・古墳をめぐる その3-4  2012.7.19

 今日は天理駅から広い道路を東へ行く。しばらく行くと広い交差点の左方向右手に「天理よろず相談所病院」が見えるのでそこを左(北)へ行く。しばらく行くとT字路で広い斜めの道に突き当たる、ここを北へ横断する。右手の左(北)へ入る細い道に入る。左手の小学校のグランドを過ぎたあたりで、右へ山手に入る。左、左と行き、池の間の道を行くと前方後円墳・別所大塚古墳(全長125m)の墳丘に突き当たる。
 そこを左へ後円部に回る。後円部には周濠の名残が畑として残っており、よく観察できる。ここから後円部を池の反対側に回り込んで、畦道を中学校に向かって歩くと、車の通る細い道に出るので右へ坂を上る。

広い道と交差するのでこれを渡り、右手の細い道(山の辺の道)を進む。すぐ右手は前方後円墳・石上大塚古墳(全長107m)の前方部に当たるが山が荒れていて墳丘には登れない。そのまま進むとすぐに山の辺の道の標識があるがそのまま前進してウワナリ古墳に向かう。前方後円墳で全長110m、後円部径68m、高さ16m、前方部幅80m、高さ16m。石室が開口していて中に入ることができる。玄室は奥行6.8m、幅3.1m高さ4mの大きなもので、県下でも有数の大石室である。羨道部は3mほど残っている。
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左:別所大塚古墳、後円部。中:ウワナリ古墳説明板でお勉強。右:同左。

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左:ウワナリ古墳開口部。中:玄室内部から羨道部を見る。右:玄室奥壁。(写真は以前のものを使用)

 次は西名阪国道を北へ抜けてシャープ総合開発センターに向かう。開発センターは高度経済成長時代に建設されたもので、この区域には28基の小古墳とその下には弥生時代後期の高地性集落跡も検出されたが、2基の小古墳を残して、他は開発センターの下になってしまった。
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開発センター入口手前に移築保存された5基の石室。

シャープのすぐ西に前期の前方後円墳・全長110mの赤土山古墳がある。古墳は最近公園として整備された。
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左:古墳公園入口。右:説明板:。

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左・中:家型埴輪祭祀遺構。。右:説明板。

赤土山古墳から西へ行くと和邇下神社があって和邇下神社古墳がある。
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左:参道西にある柿本人麻呂の碑「歌塚」。中:柿本寺説明板。右:道路にある標識。

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神社正面の階段を登ると本殿がある、古墳の上に鎮座している。

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石段下には『日本書紀』に物語がある、「平群氏の鮪(しび)と物部氏の影媛」の悲話の碑がある。

和邇下神社の東の天理教教会裏山に全長140m後円部径84m、前方部幅50mとされる前方後円墳・東大寺山古墳(4世紀後半)がある。金象嵌の銘文を持った重文・花形環頭大刀など鉄剣・鉄刀多数が出土している。
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左:天理教社殿、左の山に古墳がある。中:登り口に説明板。右:同左。


〇 <写真はクリックすると拡大します>

〇 この「古代のロマン・古墳をめぐる その3-4  2012.7.19」は以前にアップした「奈良の古墳めぐり・・その2-6 H20(2008年).10.16とほぼ同じコースを巡ったものです。左欄にある
「2008年10月」をクリックして9.18のブログと合わせてご覧ください。

〇 朝日カルチャーセンターホームページ:ウエブで「朝日カルチャーセンター 梅田」をクリック
by yumeoijyuku | 2012-07-20 23:29 | 古墳めぐり案内

古代のロマン・古墳をめぐる・・その3-2(2/2)  

朝日カルチャーセンター・現地講座案内
古代のロマン・古墳をめぐる その3-2   2012.5.17 (1/2)  

 龍王山から川の北の道を下りてきて山の辺の道に突き当たるとすぐ右(北)が「崇神天皇陵(行燈山古墳)」である。崇神天皇陵の後円部の東、ちょうど山の辺の道を挟んで「櫛山古墳」がある。まずその「櫛山古墳」によって行こう。古墳としては珍しい形で双方中円墳と呼ばれている。普通前方後円墳の円墳を中心として前方部が向き合った形を言うが、この古墳の場合は前方後円墳の後円部の東側に方形の出っ張りが着いた形で、しかも古墳軸上からずれて取りついている、埋葬に関係する祭祀の場と考えられている。雑木林となっているが下刈りされていて墳丘上や周囲には通路もできている、ただし北側は中円部で途切れている。
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左:説明板でお勉強。中:後方部の出っ張り。右:説明板。
 
崇神天皇陵は全長242m、後円部径158m、前方部幅102mの前方後円墳で周囲に水をたたえた周濠があって雄大な眺めを見せる。景行天皇陵と同じように周濠の東西に段差があるので渡り土手で区切って水位を保っている、また周濠の形態も幕末の修陵で拡幅されていて、元々は景行天皇陵と同じようなものであったと思われている。水位も築造時より高くなっているようである。崇神天皇は4月に案内したように『日本書紀』では三輪山の大物主神や天照大神との物語がある。景行天皇陵と供に考古学的には天皇陵との確証は無いが4世紀の日本の代表的な前方後円墳である。古墳の南に沿って前方部に向かうと後円部から前方部にかかるあたりに外堤を切り開いた水門がある。ここの南に田を1枚隔てて、「ザクロ塚」があって、い号陪塚とされているが横穴式石室が検出されていて時代的に龍王山古墳群に属すると分かった。西の拝所正面の左が「アンド山古墳」、右が「南アンド山古墳」になる。
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左:後円部から南の外堤を周って前方部へ。中、右:説明板。

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左:前方部外堤にある拝所。中:拝所。右:説明板。

 県道の西すぐ南に県道に半分削り取られた前方後円墳がある、伊射奈岐神社の境内にある「天神山古墳」で、県道工事に伴って調査された。全長113m、後円部径55m、前方部幅50m。後円部中央に主軸と平行した石室があって、扁平な割石を持ち送り積みしていて、檜の木櫃があって木櫃内に3面、周囲に20枚におよぶ銅鏡が出土したことで有名。人体埋葬の痕跡はなかった。

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左:伊射奈岐神社鳥居。中:社殿、この奥あたりが後円部。右:鳥居横にある説明板。

 崇神天皇陵の正面を西へJR「柳本駅」方面へブロックできれいに舗装された道を西へ行くと、右手に池があってその向こうに「黒塚古墳」が見える。墳丘の周囲は公園として整備されている、周濠がかなりいびつな形で残っていて、南側は広く北側は一段低く、釣り堀になっていたい池である。黒塚古墳は全長約130mの東西に主軸を持つ前方後円墳で、4世紀初めかそれより古いとされた。
 鏡が見つかった竪穴式石室は墳丘主軸と直交する形で検出された。内法は長さ約8.3m、床面での幅は北端で約1.3m、南側で約90㎝、高さ約1.7m。棺台となる粘土の床に木棺の跡が残っており、長さ6.2m、直径1mを越える割竹形木棺が有ったことが分かった。

木棺の中央部の粘土床には魔除けに使われる水銀朱が鮮やかな朱を呈しており、ここに遺体が安置されていたことが分かる。三角縁神獣鏡は全て木棺の外にあって、鏡面を石室の内側に向けて立っていた。椿井大塚山古墳の鏡は全て石室の壁に向かっておかれていたと言う。黒塚古墳展示館があって古墳の詳細や出土した鏡のレプリカを展示、解説している
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左:後円部にある渡り土手。右:展示館にある竪穴式石室の復元模型。

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左:前方部北側。中:前方部南側、水面は北側より一段高い。右:説明板。

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後円部墳頂、左:説明板と竪穴式石室の位置を示すモニュメント、遠景は生駒山。中:説明板。右:公園にある説明板。

展示館には出土した全鏡のレプリカが展示されている。
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33号鏡「三角縁獣帯神獣鏡」レプリカ。左:手前から。右:右手前が33号鏡。
by yumeoijyuku | 2012-05-30 16:52 | 古墳めぐり案内