古墳を中心に古代について、私生活も含めて語ります


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古代のロマン・古墳をめぐる・・その3-7

朝日カルチャーセンター・現地講座案内
古代のロマン・古墳をめぐる その3-7  2012.10.18
箸墓古墳に続いて築かれた桜井市南部の大形古墳

<10月18日の「古代のロマン・古墳をめぐる」は全行程が雨のため写真はありません。前回の09.07.16「奈良の古墳めぐり」その2-14の前半とほぼ同コースなので参照してください。>

 今日は桜井市南部の前期大型前方後円墳から横穴式石室が開口した後期の古墳を巡る。
JR・近鉄桜井駅をJR側に降りて正面の広い通りを南へ行きすぐの商店街を左へ行く。しばらく行って小さい粟原川を渡ってから右手に見える前方後円墳茶臼山古墳へもう一度川を超える。古墳の後円部を東に回り込んでからくびれ部から墳頂を目指す。
 茶臼山古墳は戦後間もない1949年から調査が始まっている。出土品としては王権のシンボルと言われる碧玉製の「玉杖(ぎょくじょう)」が有名、また三角縁神獣鏡他20面以上に相当する銅鏡の破片が多数出土している。古墳の時期は大型古墳のなかでは箸墓の次に位置するもので4世紀前半から中葉の時期が推定されていて、今日訪問するメスリ山古墳よりやや古いとされている。天理市内の行燈山古墳、渋谷向山古墳と続く大型古墳の前の段階のものとされている。後円部墳頂下に長大な竪穴式石室が検出されている。石室の壁は扁平な小石板をほぼ垂直に小口積みしている。床面には長さ5.2mの栂の巨木をくり抜いた木棺の底部が遺存していた。
 
 2009.10.23毎日新聞によると、奈良県立橿原考古学研究所が後円部を発掘調査した結果が伝えられている。石室は板状の石を垂直に積み上げて、その上に大形の石を12枚並べて乗せて天井にしていた。石室の大きさは全長6.75m、幅1.27m、高さ1.71m、木棺の底部分が残っていた。内面全体や天井石の外側にも水銀朱が塗られていた。発掘した銅鏡片を整理した結果以前出土したものも合わせて三角縁神獣鏡26枚分ほか銅鏡が計81枚分確認できたとしている。(2009.10.29桜井茶臼山古墳の調査 現地見学会報告[ 2009-11-01 23:01 ]参照)

 次は同じころ造られた大型前方後円墳メスリ山古墳に向かう。国道165号を西へ戻り、「御幸田町」バス停のある信号を左(南)へ行く。途中寺川沿いに行くことになる。寺川は多武峰を通り桜井市から橿原市、田原本町を経て川西町で大和川に合流する。県道を南へ行きT字交差点を右(西)に行って右手に貯水池がある所の手前を右に入る正面の山がメスリ山古墳である。三段築成で人頭大の葺石が敷き詰められている。八坂神社の所を抜けて墳丘に上がる。
 墳頂の平らな部分の中心には一段下がった区画があり石室の屋根石の上部が露出している、屋根石は8枚、石室の大きさは全長約8.2m、幅1.3m、高さ1.6mで、割石を小口積みしており、木棺は残存していなかったが粘土床が造られていた。またすぐ東に平行して小型の副室竪穴式石室があった、竪穴式主石室の周囲には直径50cm~1mにおよぶ大型の円筒埴輪が方形に二重に巡っていたことが知られている。この円筒埴輪の大きな2本は高さ2.4m、径1.3mの巨大なもので、これを復元したものは県立橿原考古学研究所付属博物館で見られる。石室のすぐそばの別の小道を墳丘を取り巻くように北側に降りる。古墳の北側は前方部から後円部にかけて公園となっており整備されている。

北へ抜けて、広い県道を渡って大和桜井園に突当たった所を左へ行くとすぐ右に谷首古墳が開口している。玄室の高さは4mありすごく高い感じがする、長さ約6m、幅2.7m、羨道長7.8m、高さ1.7m墳丘は東西約35m、南北約38m、高さ約8mの方墳。入り口の天井石は片側が落ち込んで斜めになっていて少し入りづらい。凝灰岩の破片と若干の須恵器片が残っていた程度で副葬品等一切不明であるが、石室の構造から桜井市の天王山古墳、明日香村の石舞台古墳等よりやや古く6世紀末から7世紀初頭のもので横穴式石室の最終段階に近いが付近の文殊院西古墳、艸墓古墳に先行するものとされている。

 大和桜井園の前を東へ行き突き当りを左へ行くと県立奈良情報商高のグランドの北西に出る。ここの左手に「艸墓古墳」がある。民家の裏の塀沿いに身体を斜めにして通るような細い路地を入った先すぐに横穴式石室が開口している。方形の墳丘規模は東西22m、南北28mの横長で墳頂部は平坦な高さ約7mの載頭方錐形。この古墳には家型石棺が残っている、人の背丈ほどの高さの石棺に比べて羨道の天井が低く石室築造前に置かれたものと思われている。ここの石棺は昨年11月に訪問した兵庫県高砂市産の凝灰岩を使用していると言うことである。付近の古墳の築造時期は谷首古墳が古く6世紀末から7世紀初頭、次いで来月行く予定の文殊院東古墳、艸墓古墳と文殊院西古墳が7世紀第3四半期頃で横穴式石室式の最終段階となる。ということで今日は古墳時代前期の大型前方後円墳から後期の横穴式石室の最終段階まで巡ったことになる。
by yumeoijyuku | 2012-10-19 20:46 | 古墳めぐり案内

朝の散歩・・2012.10.4

写真2題

朝の散歩で朝日の昇る寸前の朝焼けがきれいだったので撮影してパノラマにした。

JR島本駅の山手、名神高速道路沿いにあるトッパン・フォームズの工場(増築工事中)から東~南の島本駅。
e0080110_13361357.jpg

左端に名神高速道路を挟んで府立島本高校。右端はJR島本駅。その駅舎の左に街灯(蛍、カワニナへの影響を防ぐために低くしてある)との間の奥に小さく見えるビルは積水化学の研究所、街灯の左のビル2棟は小野薬品の研究所(この奥にはサントリーの研究所もあるが見えない)、その左は島本町ふれあいセンター、この右手あたりに島本町役場がある。島本駅の向こうの山が天王山。

トッパン・フォームズ付近から南東~京都府八幡市方面、山の左端は石清水八幡宮のある男山。
e0080110_13351762.jpg


<写真はクリックすると拡大します>
by yumeoijyuku | 2012-10-04 14:12 | 散歩

奈良大通信生関係者<夜の勝手な集い>

 29日の「桜井市脇本遺跡説明会」でnagiwiさんと遭遇しました。その時久しぶりに皆さんに会いたいな、という話になり、朱雀が声掛け、nagiwiさんが場所決めの分担になりました。

 ということで奈良大通信の卒業生、在校生(朱雀もその一人です)他、希望者を募っています。<秋の夜長>といってもあまり時間は取れませんが楽しいひと時になるようにしたいと思います。

 コメントを入れておいてください。10月10日頃までに、日時・場所決定次第連絡または「朱雀の夢ものがたり」にupするつもりです。

 時期の候補:10月21日橿原考古学研究所で東野治之先生の講演がある日。
     または11月3日大和郡山市で「古事記の新たな世界」橿考研の講演会がある日で、
     夕刻より、適当な時刻まで。
 場所:これも未定。
by yumeoijyuku | 2012-10-01 16:20 | その他