古墳を中心に古代について、私生活も含めて語ります


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古代のロマン・古墳をめぐる・・その3-2(2/2)  

朝日カルチャーセンター・現地講座案内
古代のロマン・古墳をめぐる その3-2   2012.5.17 (1/2)  

 龍王山から川の北の道を下りてきて山の辺の道に突き当たるとすぐ右(北)が「崇神天皇陵(行燈山古墳)」である。崇神天皇陵の後円部の東、ちょうど山の辺の道を挟んで「櫛山古墳」がある。まずその「櫛山古墳」によって行こう。古墳としては珍しい形で双方中円墳と呼ばれている。普通前方後円墳の円墳を中心として前方部が向き合った形を言うが、この古墳の場合は前方後円墳の後円部の東側に方形の出っ張りが着いた形で、しかも古墳軸上からずれて取りついている、埋葬に関係する祭祀の場と考えられている。雑木林となっているが下刈りされていて墳丘上や周囲には通路もできている、ただし北側は中円部で途切れている。
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左:説明板でお勉強。中:後方部の出っ張り。右:説明板。
 
崇神天皇陵は全長242m、後円部径158m、前方部幅102mの前方後円墳で周囲に水をたたえた周濠があって雄大な眺めを見せる。景行天皇陵と同じように周濠の東西に段差があるので渡り土手で区切って水位を保っている、また周濠の形態も幕末の修陵で拡幅されていて、元々は景行天皇陵と同じようなものであったと思われている。水位も築造時より高くなっているようである。崇神天皇は4月に案内したように『日本書紀』では三輪山の大物主神や天照大神との物語がある。景行天皇陵と供に考古学的には天皇陵との確証は無いが4世紀の日本の代表的な前方後円墳である。古墳の南に沿って前方部に向かうと後円部から前方部にかかるあたりに外堤を切り開いた水門がある。ここの南に田を1枚隔てて、「ザクロ塚」があって、い号陪塚とされているが横穴式石室が検出されていて時代的に龍王山古墳群に属すると分かった。西の拝所正面の左が「アンド山古墳」、右が「南アンド山古墳」になる。
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左:後円部から南の外堤を周って前方部へ。中、右:説明板。

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左:前方部外堤にある拝所。中:拝所。右:説明板。

 県道の西すぐ南に県道に半分削り取られた前方後円墳がある、伊射奈岐神社の境内にある「天神山古墳」で、県道工事に伴って調査された。全長113m、後円部径55m、前方部幅50m。後円部中央に主軸と平行した石室があって、扁平な割石を持ち送り積みしていて、檜の木櫃があって木櫃内に3面、周囲に20枚におよぶ銅鏡が出土したことで有名。人体埋葬の痕跡はなかった。

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左:伊射奈岐神社鳥居。中:社殿、この奥あたりが後円部。右:鳥居横にある説明板。

 崇神天皇陵の正面を西へJR「柳本駅」方面へブロックできれいに舗装された道を西へ行くと、右手に池があってその向こうに「黒塚古墳」が見える。墳丘の周囲は公園として整備されている、周濠がかなりいびつな形で残っていて、南側は広く北側は一段低く、釣り堀になっていたい池である。黒塚古墳は全長約130mの東西に主軸を持つ前方後円墳で、4世紀初めかそれより古いとされた。
 鏡が見つかった竪穴式石室は墳丘主軸と直交する形で検出された。内法は長さ約8.3m、床面での幅は北端で約1.3m、南側で約90㎝、高さ約1.7m。棺台となる粘土の床に木棺の跡が残っており、長さ6.2m、直径1mを越える割竹形木棺が有ったことが分かった。

木棺の中央部の粘土床には魔除けに使われる水銀朱が鮮やかな朱を呈しており、ここに遺体が安置されていたことが分かる。三角縁神獣鏡は全て木棺の外にあって、鏡面を石室の内側に向けて立っていた。椿井大塚山古墳の鏡は全て石室の壁に向かっておかれていたと言う。黒塚古墳展示館があって古墳の詳細や出土した鏡のレプリカを展示、解説している
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左:後円部にある渡り土手。右:展示館にある竪穴式石室の復元模型。

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左:前方部北側。中:前方部南側、水面は北側より一段高い。右:説明板。

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後円部墳頂、左:説明板と竪穴式石室の位置を示すモニュメント、遠景は生駒山。中:説明板。右:公園にある説明板。

展示館には出土した全鏡のレプリカが展示されている。
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33号鏡「三角縁獣帯神獣鏡」レプリカ。左:手前から。右:右手前が33号鏡。
by yumeoijyuku | 2012-05-30 16:52 | 古墳めぐり案内

古代のロマン・古墳をめぐる・・その3-2 (1/2)  

朝日カルチャーセンター・現地講座案内
古代のロマン・古墳をめぐる・・その3-2   2012.5.17 (1/2)  

 今日の古墳めぐりは4月にめぐった桜井市纏向地区の北の部分になる。JR巻向駅から古代の国道「上ツ道」を北上する。桜井市と天理市の境界をこえると間もなく右手に小さい美容室「カットサロン和」がある,ここの裏手に「柳本大塚古墳」がある。径39.7㎝の内向花文鏡が出土している。後漢の鏡をモデルに作った国産品(仿製品)で後から行く天神山古墳より若干遅い時期とされた。前方部上は果樹園になっている、後円部は区画が異なり雑草が繁っていて入れない。次に行く「石名塚古墳」と「ノベラ古墳」と共に100m前後の前方後円墳で同じころ共通の企画で造られたとされている。
 上ツ道を北へ行くと、すぐ左の池の向こうに石名塚古墳がある、この古墳は西側から観察する方が見やすい、古墳を越えたところの道を左(西)へ入って墳丘を外れたあたりの「森モータース」の西の小道をはいると後円部が見られる。

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左:「柳本大塚古墳後円部。中:石名塚古墳、左手池の向こう。右:同、後円部、西から。


 「森モータース」の西の小道をはいるところか北にノベラ古墳が見える。前方後円墳であるが墳丘は削平されている。民家の裏になるので声をかけてから古墳に入ろう。一旦上ツ道にでて北から回り込む。
 上ツ道を少し南に戻り、左手に入り県道に出ると、左手南に「上の山古墳」がある。全長125m、後円部径86m、前方部幅60mの前方後円墳であるが、次に行く景行天皇陵の陪塚とされている。
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左:ノベラ古墳、南から。中:上の山古墳。右:同左説明板。

すぐ南に景行天皇陵(渋谷向山古墳)があって、県道側に拝所がある。全長約300m、後円部径168m、前方部幅170mの周濠を持つ大型の前方後円墳で、県下では橿原市の丸山古墳に次いで二番目の規模を誇る。山の辺の道ならびに県道天理桜井線沿いでは北にある崇神天皇陵(行燈山古墳)と並んで大型古墳として威容を誇っている。
 南側の周堤を後円部に廻る、周濠は渡り堤で区切られていて後円部や前方部には水が貯えられているが、空堀となっている部分もある。前方部の周濠は南側のものが異常に出っ張っている、幕末の陵墓改修で灌漑用に拡張されたものかと思われる。陵墓改修には領民を使って周濠を拡幅して灌漑用に利用できるようにする例が多い。
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左:景行天皇陵後円部、左奥に耳成山、その左に畝傍山が見える。中、右:説明板。

昼食後龍王山古墳群に向かう。ろ号陪塚を経て渋谷町公民館の所を右に行って崇神天皇陵に向かう。途中防火水槽のある辻を右に山の方へ行き、龍王山古墳群を目指す。
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左:右に景行天皇陵後円部。中:龍王山への途中の池の堤の端に「オカタ古墳」がある。右:ここの池の岸部に昼間からフクロウが居てこちらを監視していた、よく見ると・・・。

龍王山には総数1,000基におよぶといわれる古墳・横穴の密集地として有名な奈良県下最大の龍王山古墳群がある。この古墳群は標高586mの龍王山の西南斜面の標高150m~450mの間に分布している。
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左:途中崇神天皇陵から上る道との合流点。中、右:古墳群へ。

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登山道の両側に小円墳が無数にある。

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左:登山道脇に何気なく置かれている石仏、元来六体彫られていたものが、上部がなくなっているらしい。右:古墳開口部。
 古墳群はここの先にもたくさんあるが、今日は時間の都合で引き返し、崇神天皇陵へ向かう。→その3-2 (1/2)  へ
by yumeoijyuku | 2012-05-17 21:14 | 古墳めぐり案内