古墳を中心に古代について、私生活も含めて語ります


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古代のロマン・古墳をめぐる・・その2-44の2/2  

朝日カルチャーセンター 現地講座 H24.1.19

八尾市の古墳②の2/2

 来迎寺の入口へ戻って南へ行き、細い服部川を渡ったところで左手(南)へ入る。服部川42号墳の他古墳が点在しているが詳しいことはよく分かっていない。
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左:服部川42号墳。右:服部川78号墳。

 周囲の古墳群を探りながら南へ行き服部川78号墳のところを右(西)へ神光寺の墓地の方へ行く。墓地の角を右(北)へ入ると右手奥に二室塚古墳(服部川25号墳)がある。現地にある八尾市教育委員会の説明板では、6世紀後半に造られた石室で、右片袖式の玄室を二つ連結したもので、全国的にも類例が無いという。(なお、郡川(信貴山ケーブルの南)にある交互二室塚古墳の石室は奥の玄室は右片袖、これに左片袖式の前室が連結されている)。また、この古墳は明治時代中期に造幣技師として英国ガウランドが我が国に招かれたとき写真撮影を行い「双室ドルメン」として、いち早く海外に紹介したという貴重な歴史を持っている。


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二室塚古墳①。左:説明板でお勉強:。右:前室から奥室を見る。

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二室塚古墳②。左:左側壁、手前は奥室。右:右側壁、奥室右袖玄門部から、前室(向こう)も右袖で同形の石室が続いている。

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二室塚古墳③。説明板。

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服部川7号墳①。左:羨門部。右:玄門部、玄室から、調査のマークが入っている。


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服部川7号墳②.左:奥壁と右側壁。中:奥壁と左側壁。右:マンホール。

 帰りは西へコンクリートの坂道を下り、道なりに西へ行くと近鉄信貴線に突き当たるので、その手前で右、左と曲がり服部川駅に出る。
by yumeoijyuku | 2012-01-22 00:03 | 古墳めぐり案内

古代のロマン・古墳をめぐる・・その2-44の1/2  

朝日カルチャーセンター 現地講座 H24.1.19

八尾市の古墳②の1/2

今回は八尾市の高安山西山麓に点在する高安古墳群をめぐる。八尾市の高安地区中部(千塚、山畑、大窪、服部川、郡川あたり)には約200基の古墳群が現存しているという。古墳時代後期の6世紀から7世紀にかけて造られ、その多くが、横穴式石室を持った直径10~20メートルほどの小さな円墳で、高安山の中腹、標高50~300メートルあたりに多く分布している。心合寺山古墳が造られた古墳時代中期には大豪族が巨大な古墳を築造していたが、古墳時代後期には権力が分散し、財力のある小豪族がこのあたりに勢力を伸ばし、小規模な円墳を造った。しかし、被葬者が誰であるかはわかっていない。

 高安古墳群は4つの支群に分けられる八尾農免道路(ガソリンなどの揮発油税の収入の一部を使って造られた農業用道路の通称)に沿って北から①大窪・山畑(おおくぼ・やまたけ)支群、②服部川支群、③郡川支群、④黒谷支群がある

 近鉄「服部川駅」が出発点となるので、まず近くの「俊徳丸鏡塚古墳」から見てゆこう。駅から北へすぐの公園の角を右(東)へ道なりに行き池を越えて2つ目を左へ入るとすぐに古墳がある。古墳は大窪・山畑古墳27号に整理されている。6世紀ごろの横穴式石室古墳。
 謡曲、浄瑠璃で演じられる俊德丸はこのあたりにいたとされる信吉長者の子で、蔭山長者の娘と恋に落ちたが、俊徳丸は継母から憎まれ、失明させられ、癩病にも侵されてしまい放浪の身となる。後に蔭山長者の娘と再会し、観音様のおかげで俊徳丸の病気は治り、二人は夫婦となって蔭山長者の家を相続して幸福な人生を送ったとされる。俊徳丸の実家の長者は落ちぶれてしまう。という物語である。

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俊徳丸古墳(大窪・山畑27号墳)①左:全景。中:開口部、人が立っているところ。右:説明板。

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俊徳丸古墳②左:開口部。中:奥壁、五輪塔下部、石碑が祀られている。右:玄室より玄門部。

 ドルメン古墳(大窪・山畑36号f墳)へは一旦北に出て東の山沿いの「農免道路」に出ると、山側に大窪・山畑39号墳がある。そこから北へしばらく行くと右手に「シュロの木」があって目印となる。そこから右手を見ると大きな石組が門のように残っているドルメン古墳の残骸が見える。墳丘、石室はなくなっているが、明治時代初期にエドワード・モースが日本の古墳を調査・スケッチして、「日本におけるドルメン(ドルメン=支石墓、新石器時代以降の巨大な石を用いた墳墓)」として紹介している。 そのことからこの古墳が「ドルメン」として有名になったと思われる。
 エドワード・S・モース(1838年~1925年、アメリカ合衆国)は、東京大学の初代動物学教授を務めるかたわら大森貝塚(東京都)の歴史的な発見者として知られる有名な明治時代の博物学者で、日本近代考古学の創始者とも言われている。
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石組は今にも崩れそうで頼りない。

ドルメン古墳(大窪・山畑36号)。左:農免道路から、写真中央部上・右。中:石室側から。右:羨道側から、上部の石の左手は一点で支持されていて、下の支持している石にはヒビが入っている。

 農免道路を南に戻り、どんどん南へ行くと、左手の山に来迎寺があって古墳が開口している。坂を昇って本堂の反対側(南)の墓地に入ると突き当りが石組のトンネルになっている。これが大窪・山畑7号墳でトンネルは南に開く横穴式石室の羨道で「抜塚」と呼ばれている。八尾市教育委員会の解説板によると羨道長8m、高さ2.2m。羨道の北には玄室があって長さ5~6m、幅3m前後と推定され本来の石室長は13m~14m前後と推定されている。高安古墳群中でも最大級石室があったとされ、明日香村の石舞台古墳と同じ7世紀前半ころの築造とされている。
 
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来迎寺の古墳①左:農免道路から、中央部やや右に抜塚(大窪・山畑7号墳)。中:解説板でお勉強。右:解説板。

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来迎寺の古墳②説明板

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来迎寺の古墳③抜塚(大窪・山畑古墳7号墳)、玄室側から

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来迎寺の古墳④抜塚、羨門側から

 7号墳の北、本堂寄りには8号墳がある。石室全長6.8m、玄室長4.4m、幅1.7m、高さ2.2m。小さめの石材を使用しており、玄室が縦長の長方形をしていることから高安古墳群では造墓開始間もないころの6世紀中ごろの古墳とされている。来迎寺本堂の西は展望が開けていて、大阪のビル群が見通せる。

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来迎寺の古墳⑤大窪・山畑古墳8号墳左:墳丘。中:石室から。右:奥壁。

八尾市の古墳②の2/2へ続く。
by yumeoijyuku | 2012-01-21 23:30 | 古墳めぐり案内