古墳を中心に古代について、私生活も含めて語ります


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古代のロマン・古墳をめぐる・・その2-42 

 朝日カルチャーセンター 現地講座  H23.11.17

竜山石採石場見学


 今日は石棺に使われている凝灰岩を切り出した兵庫県高砂市の石切り場を見学する。
 高砂市は世阿弥が伝承に取材して作った、能『高砂』が有名。高砂の浦で尉と姥が、「相生(相老い)の松」の伝説を語り、「われわれこそ、その松の精である」と明かし、姿を消すという筋である。「高砂やこの浦舟に帆を上げて……」という一節がよく知られる。高砂町の高砂神社には根が一つで雌雄の幹が左右に分かれた霊松・相生の松があるという。JR高砂駅前には「尉と姥発祥の地」の像がある。
 
 高砂駅からすぐ南の国道2号線に出て姫路方面一つ目「島」の信号を左(西)へ向かう。どんどん行くとって前方の山に大石(おおしこ)神社が見えてくる。

生石神社へは今来た道をさらに南へ行くと、参道の階段がある。石乃宝殿が有名。「フリー百科事典ウィキペディア」によると、幅6.4m、高さ5.7m、奥行き7.2m。重さは推定500トンを越える。竜山石として知られる凝灰岩の岩山の中腹を削って作られており、三方を加工前の岩盤に囲まれている。誰がいつ何の目的で作ったものであるのかは、学術的に判然としていない。・・・下部の岩盤は大きくくぼんでおり、池になっている。社伝によれば、この池は旱魃の際にも枯れず、水位は海の潮位と連動するとされる。「浮石」と呼ばれるゆえんは、わずかにつながった底部中央の支柱状の部分が巨石自体の死角になり、巨石が池の上空に浮かんでいるように見えるためである。


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左・中:前方の山に大石神社。右:神社の南にある「竜山」竜山石の名のもとになった。

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石神社とその由来。

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正殿の両側から岩肌に階段が彫り込まれていて上に登れる。左:高砂市街。中:大正天皇が行幸している。右:沿岸部の工業地帯遠望。

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宝殿石側面(写真を合成)。左が底部

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竜山石を切り出し、加工している松下石材作業場。左:社長さんに説明していただいた。中:石切り場、昭和31(1956)年頃には現状道路面である上の木が茂っているあたりで石を掘り出していた。右:同、中の写真の右手。

 竜山石ができたのは、今から約7000万年前の白亜紀後期。このころ、西日本の各地でカルデラをつくるような大規模な火山活動が起こった(鹿児島県の桜島は姶良カルデラによってできた、その噴煙の堆積は日本国内の広範囲に堆積し、地層年代の基準層にされている)。火山は溶岩を流したり、火砕流を発生させて溶結凝灰岩などの火砕岩をつくりました。竜山石は、カルデラができた後、そこに水がたまってできた湖の底に溶岩が噴出してできたと考えられます。竜山石は大きく分けて青色、黄色、赤色のものがある。石棺には黄竜石と青竜石が使われている。・・この項は橋本正彦「兵庫の山々 山頂の岩石」ホームページ 1998年8月11日開設  更新日:2011/8/23より抜粋、加筆。

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左:黄竜石と青竜石の混在。中:凝灰岩を割り取る(石割)ためには、石の割る方向を定めてドリルで穴をあけて中に火薬(火薬の大きさは例として直径数ミリ程度のもので、量を加減して使う)を入れて爆発させる。右:松下社長の説明)。

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左:石切り場。中:土産品の加工途中。右:工場内の切断機。

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左:竜山石製土産品陳列室。中:石の宝殿ミニチュア。右:展示品

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左:刳抜式家型石棺。中:手前、組立式石棺。右:同左。

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左:展示品。中:JR[高砂駅」前の「尉と姥」の像。右:マンホール。
by yumeoijyuku | 2011-11-18 17:20 | 古墳めぐり案内