古墳を中心に古代について、私生活も含めて語ります


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伊勢神宮参拝

皇大神宮 2010.08.27

今年の正月は伊勢神宮に初詣ができなかったので、この26日から出かけた。都合で皇大神宮参宮だけになった。
27日の朝早く起きると、日の出の時刻だったので撮影した。隠れ家から東に高い建物があるので日の出が見られるか心配したが、ちょうどよい位置から日の出があった。
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左:27日4時57分、中:5時9分、右:5時26分

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5時15分

皇大神宮の入り口、平成25年の遷宮に備えて新しい宇治橋が完成していた。2009.4.20のブログで工事中を撮影したので参照されたい。
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左:一の鳥居から、右:宇治橋を渡って参道へ

参道を行くと左手が広くなっていてその先の芝生の向うに柵で囲まれた松の木がある。大正天皇が皇太子の時植えた「お手植の松」といわれている、表示などは無いがテレビ放送で知った。
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式年遷宮で平成25年には今の正宮から西隣の新御敷地に遷る。持統天皇4年(690年)以来第62回といわれている。
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左:正宮、撮影は石段下からとなる。右:石段に向かって後にある御贄調舎(みにえちょうしゃ)、祭典の時、ここでアワビを調理する儀式を行う。

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左:新御敷地。右:御贄調舎予定地
by yumeoijyuku | 2010-08-30 22:21 | その他

大和の古墳をめぐる・・その2-27

馬見丘陵と周辺の古墳② 2010.08.19
馬見丘陵南部の古墳

近鉄大阪線「五位堂」駅、「築山」駅付近を含めて北へ9kmほどの地域には平野部からの高さ20~30mの丘陵が続き馬見丘陵と呼ばれている。香芝市、大和高田市の一部を含み広陵町、川合町、上牧町にわたるこの地域には大小の古墳がいくつかのグループに分かれて点在し、馬見古墳群として総称されている。奈良市北部の佐紀盾列古墳群、天理市から桜井市にかけての柳本古墳群と並んで大和有数の古墳地帯となっている。前回の中央部に引き続き馬見丘陵南部の古墳群をめぐる。このあたりは古代豪族で襲津彦を祖とする葛城氏の根拠地で、仁徳天皇妃磐之姫が有名。葛城氏は2系列の内一方がこの地域を支配していたが雄略天皇の頃以降から葛城南部へも勢力を伸ばしていったとされている。2月に訪問した北花内大塚古墳の主とされる飯豊皇女がその頃の中心人物であるという。
近鉄「五位堂」駅から西へ向かい「狐井城山(きついしろやま)古墳」に向かう。狭い道路が続くので交通に注意して進もう。前方部を北北東に向けた前方後円墳で馬見丘陵から離れて独立した立地にある。墳丘長140m、後円部径90m、前方部幅110mで周囲に馬蹄形の濠と幅の広い外堤がある。中近世にかけて城郭があったので後円部頂はかなり平坦になっている。西側の外堤を走る道路の拡幅工事に際して多数の埴輪が立てられていたことがわかっている。埋葬施設や副葬品は不明。前方部東北端の農業用水路から刳抜式長持型石棺の蓋石と刳抜式家型石棺の蓋石の一部が発見されていてJR香芝駅または近鉄下田駅から西500mほどの二上山博物館に保存されているという。他に古墳から南の阿弥陀橋の袂に長持型石棺の蓋を縦に半裁したものがあって、その内1辺は縄掛け突起を阿弥陀の頭に見立てて直立して祀られているので見ていこう。

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左:阿弥陀橋東詰。右:立っているのが阿弥陀さん、その前に横たわっているのが石室天石、縄掛け突起が有る。

いずれの石材も竜山石製で城山古墳のものと思われている。後円部に比べて前方部が大きく高くなる新しい形をしている、出土の須恵質の埴輪、石棺の形式から5世紀末~6世紀初頭の古墳と推定されている。
次は「新山(しんやま)古墳」に向かう。近鉄の踏切を北へ越えてすぐ東へとる、そのまま165号線を斜め横断してだんだん細くなってくる道を東へ行く。途中に公園があって小古墳が点在しているので寄っていく。

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城山児童公園

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黒石公園
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南200mにあった黒石13号墳の石室が黒石公園の隅に移築されている。

新山古墳は墳丘長127m、後方部幅64m、高さ11m、前方部幅60mで前方部を南南西に向ける前方後方墳である。現在陵墓参考地になっているが接収前の1885年(明治18年)当時の所有者が後方部の頂上に植林中、石室を掘り出した。副葬品を納めるためのものらしく1.5m×1m、深さ1.5mほどの小さい竪穴式のものと伝わるが調査はされていない。数多くの遺物だけが宮内庁に伝わる、鏡、勾玉、管玉などの玉類、刀剣、石釧、鍬形石などの碧玉製品、滑石製の斧、刀剣類などの儀式用模造品、金属製帯金具が残る。銅鏡が34面あって吾作銘四神四獣鏡を初め中国製の優品が多いが、国産鏡の傑作として著名な直弧文鏡が3面あった。また、これも仿製の方格規矩四神鏡、内行花文鏡も残る。鏡、帯金具などから4世紀末の築造とされている。昭和60年の調査で出土した埴輪は桜井市のメスリ山古墳の埴輪に近い形式のものであった。
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新山古墳、左:後方部北側の保護擁壁、右:説明板
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南から東側面。向こうが後方部

築山古墳へは新山古墳から高田川沿いに南下して南郷池のところで橋を渡らずにそのまま南へ真っ直ぐ進む。165号線と近鉄大阪線を横断して、細い車道を越えたあたりから右(西)へ入ると墳丘が見えてくる。古い地図では武烈天皇陵となっているものがある。江戸後期蒲生君平の「山陵志」で武烈天皇陵とされたものであるが、幕末の修陵では採用されず武烈陵は不明となっている。現在は明治22年に治定され、香芝市のJR和歌山線「志都美駅」西すぐに武烈陵がある。この武烈陵はどうやら古墳ではなさそうであるが、宮内庁は陵墓参考地として管理している。築山古墳は東面する前方後円墳で前方部・後円部共3段築成で墳丘長209m、前方部幅103m、後円部径119mを測る。前方部右側面に造り出し状の部分があるが、墳丘が崩れて出来たものらしい。周囲には幅27m~30mの周濠が巡る。北側は狭くなっているが北を通る道路が本来の周濠の外縁と見られている。また、地形から南側には周堤帯が有ったようである。墳丘の形態から中期初頭の築造と見られている。宮内庁の調査で埴輪や葺石が確認されているが、埋葬主体、副葬品は全く不明。この古墳には周囲に全長約75mの前方後円墳狐井塚(きついづか)古墳初め沢山の陪塚が陵墓参考地陪塚として存在するが、住宅地に囲まれてかなり窮屈そうに残っている。これらの陪塚も中期のものと見られている。

今日は天候に恵まれ過ぎて、今年特有の猛暑日、会員さんたちは元気だったが、こちらは古墳案内が精一杯であった。そのせいで写真がほとんど取れていない点をお詫びいたします。
by yumeoijyuku | 2010-08-20 22:00 | 古墳めぐり案内

奈良大学 学友会「琵琶湖上スクーリング」

8月9日は奈良大学 奈良学友会の「琵琶湖上スクーリング」に参加して、湖上での講義と観光を楽しんだ。講義のほうは学友会の報告に任せることにして、このブログは観光の報告をする。
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先ずは「megumi」に乗船して、9時20分出航。

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船内ミーティング・ルームでは早速講義開始。まず、坂井先生による開講と講義を担当していただく「滋賀県文化財保護教会」の皆さんの紹介があった

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浮御堂

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琵琶湖大橋を通過、北湖へ

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最初の訪問地は「沖島」南東より、右は左の写真の中央部の漁村。島民は約400人で淡水湖の島に居住者がいるのは日本唯一。世界でも珍しい

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左:漁港、中:民家、右:土地の有効利用のため、庇が重なっている

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奥津島神社

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一路竹生島へ。途中にある沖の白石、多景島の西方約5kmに位置する。大岩1つ・小岩3つからなり、周辺の水深は約80mで、大岩の高さが約20m(地上)あるので、大岩の全長は約100m前後と推定されている。

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多景島、島内全域が見塔寺の敷地になっている。題目岩「南無妙法蓮華経」の文字が彫られた岩は高さ10m。


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はるか北東に伊吹山がかすかに見える

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竹生島、南より。

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右端は常行殿、その左下は龍神拝所(かわらけ投げ)、その左は都久夫須麻(つくぶすま)神社本殿(工事中)、中央は宝物殿、その左は三重塔。

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本堂へ、階段の上左は本坊、その右は月定院。

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本堂弁財天堂

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国宝観音堂唐門

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島の大半の樹木は烏の被害で枯れている


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帰路はノンストップ、途中の白髭神社鳥居

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全日程終了、沖田会長、学友会の皆さん、文化財保護協会の皆さんありがとうございました。
by yumeoijyuku | 2010-08-10 16:56 | お勉強