古墳を中心に古代について、私生活も含めて語ります


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奈良の古墳めぐり・・その2-8

奈良市北部の佐紀古墳群② 08.12.18

近鉄「平城駅」から佐紀古墳群西群へ

今日は前月に引き続いて佐紀古墳群の西部を中心とした古墳をめぐった。佐紀古墳群は古墳時代前期~中期の古墳群で、200m以上の全長をもつ7基の大型前方後円墳とこれらの陪塚、6基の中小型の前方後円墳からなる県下有数の古墳群を形成している。
近鉄平城駅の北側神功皇后陵からスタート。神功皇后は第14代仲哀天皇の皇后で仲哀天皇は景行天皇の子の日本武尊の第2子とされている。この古墳では今年2008年2月22日に考古学者らが墳丘に登って踏査している。宮内庁がやっと重い腰を上げて、墳丘の1段目までの立ち入りを認めたもので。考古学界にとっては画期的なことである。墳丘の東側で円筒埴輪の列が見つかったりして、観察だけでも貴重な所見が得られたとされている。加えて、11月29日には大阪府堺市が調査中の御廟山古墳の見学会を行っている。(このブログ次のページ「陵墓参考地の発掘調査現地説明会」参照)。

古八塾長の解説
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次に駅の反対側に行き成務天皇陵の後円部にでる。後円部の外側には松の木が生えて草むらになっているが陪塚がある。このあたりには成務天皇、垂仁天皇皇后日葉酢媛陵、孝謙(称徳)天皇陵と3つの大型古墳とその陪塚が集まっている。成務天皇は天理市の南に御陵が有る景行天皇の子で、男児が無く神功皇后の夫・仲哀天皇を皇太子とした。ここの南が孝謙天皇陵になる。第48代孝謙天皇は父の聖武天皇が造営した東大寺の大仏開眼の主催者となった女性天皇で、譲位して上皇となったが、譲位した淳仁天皇を謀反のかどで廃帝(淡路廃帝)として、重祚し称徳天皇となった。古墳は4世紀後半~5世紀前半のものとされ時代が合わない。

 日葉酢媛陵は1915年に盗掘にあい翌年調査の上、銅鏡、石製腕飾り他の出土品を竪穴式石室内へ埋め戻されたと言う。石室直上から高さ1.5m、横幅2mもある翳(えい=鳥の羽で覆った車の屋根)型埴輪はじめ盾型埴輪、家型埴輪が出土している。竪穴式石室は縄掛け突起のある巨大な天井石5枚で覆われていたという。
このあと瓢箪山古墳、塩塚古墳を訪ねたあと、南へ引き返して平城天皇陵に向かう。この古墳は平城宮築造のとき前方部を削平されていて円墳になってしまっている。こから南一帯が特別史跡平城宮跡となる。ちょうどこの陵の真南に第二次大極殿の基壇が復元されている。
昼食後は平城宮遺構展示館でボランティアの方の説明で平城宮の概要を勉強した後、

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 復元された酒造司の井戸、東院庭園、朱雀門に寄って解散となった、最寄駅は近鉄「新大宮駅」。

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ここの平城宮跡の施設への入場はすべて無料、その上ボランティアの方に解説をお願いできる。
by yumeoijyuku | 2008-12-18 22:04 | 古墳めぐり案内