古墳を中心に古代について、私生活も含めて語ります


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<   2008年 11月 ( 5 )   > この月の画像一覧

陵墓参考地の発掘調査現地説明会 

 堺市北区の「御廟山古墳」(陵墓参考地)で墳丘裾護岸改修工事に先立つ発掘調査の現地説明会に行ってきた。昨日28日に新聞で知って翌日の見学であった。JR百舌鳥駅近くの大仙公園広場に集まって整理券をもらって説明時刻を割り当てられての見学だった。1日5,000人までということであったが、整理が手際よく混乱は無かった。

最初の9時15分の組に入って15分の説明を聞いてから出発。
左:説明の堺市文化財課十河さん、中:説明風景
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百舌鳥駅すぐ南にある前方の踏切を渡って現地へ。
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御廟山古墳:全長186m、後円部径約96m、後円部高さ約18.3m、前方部幅約119m、高さ約17.8。これは大正15年測量の地形図によるので、今回の調査で墳丘裾がかなり浸食されていることが分かり(このことが今回の護岸整備工事の発端となっている)、全長200m、後円部径110mにせまると分かった。

今回調査による実測図:見学は周濠の水を抜いたあとに仮橋と見学デッキを作ってあって、前方部北西から墳丘裾に取り付いて、→前方部→前方部南→造り出し→後円部東中央部まで裾をまわって仮橋を渡って終わるルートであった。
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 調査結果では、
① 墳丘裾が周濠の貯水量を多くするために、後世(江戸時代前半)に削られて1段目テラス上に積み上げられていたことが分かり墳丘がもっと広かったことが分かった。
② 各所で1段目テラス上に円筒埴輪や2段目斜面の下端が検出された。
③ 埴輪には円筒埴輪が大部分で直径40㎝程度のものが主体である。
④ 象形埴輪には蓋形、家形、冑形埴輪などがあって造り出し部に集中していた。
⑤ 埴輪の制作技法から5世紀中頃のものと考えられる。
などが分かったという。
今後宮内庁と堺市の詳細報告を楽しみにしてください。

造り出し部前方部寄り。左:1段目斜面、中:円筒埴輪残存部、右:葺石や象形埴輪は裾部に落ち込んでいる
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造り出し部後円部寄り。左:1段目斜面、右:円筒埴輪残存部
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後円部東から
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陵墓参考地の見学会ということで、中に入って見学できるだけ儲けものという気持ちで行ったが、どうして、発掘現場の現説そのものであった。見学デッキも本格的なもので周濠部は堺市の管轄であるが、墳丘は宮内庁のものである。市が主役であったがかなり有意義であった。

<写真はクリックすると拡大します>
by yumeoijyuku | 2008-11-29 22:42 | 現地説明会、講演会

奈良の古墳めぐり・・その2-7

近鉄文化サロン現地学習 H20.11.20

奈良市北部の佐紀古墳群1

近鉄「西大寺駅」から佐紀古墳群東群へ

 今日は佐紀古墳群の東部の大型古墳をたずねるが、その前に西大寺駅すぐ北の奈良ファミリー内にある西隆寺跡を訪ねた。奈良ファミリーは近鉄百貨店とジャスコが入った西大寺駅前の大商業施設である。西隆寺は称徳天皇が僧寺の西大寺と対に建立した尼寺で、当時の国営十大寺の一つであったが廃絶した。百貨店の中に遺跡があるのも珍しい。

左:店内にある説明板を見る、右:フロアに柱の跡が明示されている。
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次は順路にある平城宮跡資料館を訪ねる。近鉄西大寺北口から東へ行くと平城宮跡の北の通りを行くことになる。秋篠川を過ぎてそのまま東へ行くと、右手に奈良文化財研究所平城宮跡資料館への道がある。平城宮について系統だてて展示・説明されているのでよく分かる。

ボランティアの方に説明を受けた
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平城宮跡を東へ、正面に若草山。左は大極殿復原工事中。
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平城宮について勉強した後は小奈辺古墳の西の道を周濠沿いに北へ向かう。後円部の曲がる辺りに左へ抜ける道がある、これを行くと磐之媛命陵(ヒシアゲ古墳)の拝所に出られる。

拝所前で昼食。
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磐之媛命は第16代仁徳天皇の皇后で天皇が八田皇女を妃にしたいといったので反対したが、大宮に召されたので、怒って山城に住んで死ぬまで天皇に会わなかった。天皇は磐之媛皇后に遠慮していたが皇后の死後八田皇女を皇后とした。仁徳天皇は民家に炊飯の煙が立たないのを見て3年間租税を免じた話は有名。磐之媛命陵から引き返して小奈辺古墳の後円部を左(東)に取って、自衛隊を挟んで東にある宇和奈辺古墳の南を通って広い国道24号を東へ渡ってから南へ不退寺の裏山を通って東の聖武天皇陵へ向かう。
聖武天皇の時期は律令国家が完成して、政権は絶頂期に達した。仏教が高まり天平文化が絢爛と花開いた時代で。全国に国分寺と国分尼寺を創設し、東大寺を建て大仏を造った。
聖武天皇、光明皇后陵入口
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帰りは奈良女子大前を通って近鉄奈良駅に向かう。奈良県には国立大学が2つある、奈良女子大学と奈良教育大学である。奈良女は「お茶の水」と並ぶ唯2つの国立女子大学(国立大学法人)である。

近鉄「奈良駅」で解散後一人でお茶をしていると、奈良大近くにお住まいの学友Nさんに出会いました。先月の古墳めぐり案内の時は天理駅で学友の「なぎ」さんに出会いました。先日橿考研「友史会」の見学会で会った横浜の女性は友達に奈良大通信生を知っているとのことでした。奈良大の学友がいっぱい・・・。 

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by yumeoijyuku | 2008-11-20 21:38 | 古墳めぐり案内

嵐山紅葉

秋の名残に嵐山へ紅葉狩りに行った。
先ずは『平家物語』の一節から、
平清盛の娘徳子が入内した高倉天皇に愛された小督が、清盛を恐れて身を隠してしまう。天皇は嵯峨野あたりに住むと知ると北面の武士に使いを命ずる。その使いが嵐山の亀山で聞き覚えのある「想夫憐」の琴の音を聞きつける、平家物語では「峰の嵐か松風か、たずぬる人の琴の音か、おぼつかなくは思えども、駒を早めて行くほどに、片折戸したる内に琴をぞひき澄まされける・・・」とある。その場所がこの渡月橋のあたりということで、「琴きゝ橋」があったという。

渡月橋北詰すぐ左(東)にある「琴きゝ橋」跡の碑。近くに「琴ひき茶屋」がある
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左:渡月橋北詰、右:山中は法輪寺
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ここを右へ川を上ると「やましろや」の隣に、平家物語にちなんでか「小督庵」がある。「やましろや」の奥には「小督塚」もある
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紅葉点描。下の右は落柿舎
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トロッコ列車が通り過ぎた
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左:天竜寺前の通り、電柱があるが電線が無い・・地中化されている。中と右:この通りに面した「美空ひばり座」、入場料は1,700円
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by yumeoijyuku | 2008-11-18 21:34 | その他

有史会11月例会

杣之内から布留の遺跡

 16日(日)は橿考研友史会11月例会「杣之内から布留の遺跡」に参加した。JR桜井線「長柄駅」に集合して竹之内環濠集落から杣之内の古墳、石上神宮、布留遺跡、天理駅まで約11kmの予定。天候は午前中雨の予想で出発から昼前まではシトシト雨の中の見学であった。案内は橿考研副所長で付属博物館の松田真一館長。

松田館長。右は長柄駅頭、傘に囲まれての行程説明
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竹之内環濠の名残
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西乗鞍古墳、左:墳丘へ。右:説明板が汚れている、カメラのせいでは無いので念のため。
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天理教施設内にある西山古墳、手前は天理大学の馬場。
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西山古墳のすぐ北西にある塚穴山古墳、周濠が西山古墳の周濠にかぶさっている。石室と規模は石舞台にほぼ同じで時期的には後になる。
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布留遺跡の説明を受けた後解散。後方は天理教の本殿
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by yumeoijyuku | 2008-11-16 23:10 | 現地説明会、講演会

鳴門で休養

10月30日から11月2日にかけて鳴門を拠点に古墳めぐりと上さん孝行をしてきた。
鳴門市内の拠点から。朝6時5分、内海の海岸は徳島県立公園になっている(中央の道路から左の部分)。
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阿波市土成丸山古墳は直径40mの円墳、高さ6.5mで徳島県最大の規模を持つ。最近発掘調査がされていたと聞いたが、昨年訪問した時と変化は見られなかった。

中:墳丘、右:周濠跡がよくわかる
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阿波市穴薬師古墳、封土は無く、横穴式石室だけ残っている。玄室長約7m、幅1.75m、羨道幅1.5m。古くから開口しており、玄室は改造されているらしい。
説明板と羨門
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玄室と羨道部
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11月1日は徳島市街から30分程度の道のりで行ける、県立神山森林公園に出かけた。
案内図
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さすが森林公園、タヌキも散歩している。岩肌は阿波の古墳の石室にも多用されている緑泥片岩が露出している。大和の吉野川沿いにも沢山産出する。明日香村のカズマヤマ古墳にも使用されていた。
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2日の朝、公園に出てみると凧を持った人たちが集まってきていた。
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帰りは坂出で讃岐うどんの昼食。瀬戸大橋経由で倉敷市の義兄宅に寄って、土産を沢山もらって帰った。

(写真はクリックすると拡大します)
by yumeoijyuku | 2008-11-03 23:11 | その他