古墳を中心に古代について、私生活も含めて語ります


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カテゴリ:現地説明会、講演会( 5 )

奈良県立橿原考古学研究所友史会例会2012.2.19参加報告 

雪の残る日の琵琶湖々南・野洲の古墳を案内していただいた。今日は奈良県立橿原考古学研究所西藤清秀館長の案内ということで、寒い中推定約160人が野洲駅に集合した。

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左:JR野洲駅。中:古冨波山古墳。右:同、説明板。
明治29年に偶然地元民によって墳丘上から3面の三角縁神獣鏡が発見されている。同范鏡が京都府椿井大塚古墳、奈良県黒塚古墳他からも出土している。

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左・中:冨波古墳。右:西藤館長。
1982年に発見された全長42mの前方後方墳。周濠東隅部からは東海の特徴を示す丹塗りの壺が出土しており、墳形と合わせて東海の特徴を持つ古墳である。

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同上冨波古墳。左・中:説明板。右:野洲市のマンホール。

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亀塚古墳。左・中:墳丘。右:説明板。
全長45m以上の前方後円墳か帆立貝形古墳と考えられている。後円部径33m、高さ約5m。前方部は削平されていた。

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大塚山古墳。左:墳丘。中:同左、新幹線が走る。右:説明板。
帆立貝形で、円丘部直径57m、高さ7.3m、二重の周濠が巡り墳丘には葺石や埴輪が認められた。象形埴輪の他多くの副葬品が出土しており、鉄地金銅製縦矧細板鋲留式眉庇付冑、短甲用の金具があり5世紀中庸から後葉の首長墓として相応しい副葬品と言える。

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銅鐸出土地。左:標識。中:説明板。右:野洲市歴史民俗博物館にある銅鐸。
大岩山遺跡では1881年(明治14年)に14点、1959年(昭和34年)に10点の銅鐸が出土している。出土箇所は土取りによって消滅した。明治の14点のうち東京国立博物館に2点あるほか、11点はドイツ、アメリカなどでの所蔵が確認されている。

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野洲市歴史民俗博物館入口では雨落ちの鎖がツララになっていた。

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博物館構内にある宮山二号墳。左:墳丘。中:石室内、珍しい花崗岩製の組立式石棺の胴部が残っていた。右:説明板・・・銅鐸発見と同じ土取り中に発見されたもので、石室の天井や奥壁の一部がなくなっていたものを復元している。

その他付近の主要古墳を案内していただいたが、カメラの調子が悪く撮影できなかったので省略。
by yumeoijyuku | 2012-03-03 23:04 | 現地説明会、講演会

友史会 2011海外遺跡の旅 参加報告1/12

11月22日出発ー関空→上海→西安

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左:出発フロアへ。中:搭乗手続き。右:搭乗する中国東方航空便

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左:上海浦東空港到着。中:税関へ。右:西安空港悪天候で出発遅延。

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左:ようやく西安空港に到着、現地時刻22時31分(日本との時差1時間)。中、右:空港近くのレストランで夕食23時7分。食事終了後ホテルへ、23時55分出発。

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左:ホテルー古都新世界大酒店。中:ロビー。右:出発前の点呼、中・右は翌4日朝。

23日以降は遺跡見学です。

この「海外遺跡の旅 藤原京・平城京の源流を求めて」は橿原考古学研究所 友史会主催のもと前園實知雄先生による資料作成・現地同行解説、㈱国際交流サービスの旅行・見学手配ならびに現地における補助説明によって実施されました。関係者の方々に感謝いたします。

同行された方がホームページで詳しく報告されています。
→ http://www.bell.jp/pancho/travel/china-3/preface.htm

10月以降の「古墳めぐり」案内は逐次UP予定しています。
by yumeoijyuku | 2011-12-03 20:18 | 現地説明会、講演会

纏向遺跡発掘調査現地事前見学

現地説明会の日は都合がつきにくいので12日に念のため事前に見学した。3月も都合がつかず事前見学だけだった。

現場は今年3月に発掘調査説明会があったすぐ東側で、JR桜井線との間が調査された。前回結果と合わせて卑弥呼級の建屋が見つかって、桜井市はじめ関西の考古学界は邪馬台国大和説に弾みがついたと認識している。しかし、九州派はまだまだ「吉野ヶ里が横綱」と胸を張っている。

調査現場:左は3月の発掘発表場所、右が今回でその右(東)はJR桜井線なので続きの発掘は難しそう。
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柱跡:」太い柱の間に床を支える細い根太があった。柱の太さから一層と判定されている。
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現場の西から東のJR線路側を見る。このすぐ右がJR「巻向駅」。14,15日の説明会に向けて準備中。
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俳優で考古学協会員の刈谷俊介さんは以前から纏向の調査に関係してきた。
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by yumeoijyuku | 2009-11-13 15:05 | 現地説明会、講演会

友史会7月例会

橿原考古学研究所友史会7月例会

7月19日梅雨の曇り空のもと友史会「纏向の古墳を巡る」に参加した。
午前10時10分JR三輪駅集合
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出発、前方に箸墓古墳
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先ず狐塚古墳に入る。墳丘は大きく削平されていて、石室が露出している。中には3つの石棺があったと言い、残骸が残っている。
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弁天社古墳。大神神社の末社弁天社の社の裏に両袖式の石室が露出している。羨道部に刳抜式家型石棺が残っている。
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今日の案内、解説をしてくださった橿考研の安原貴之先生
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茅原大墓古墳、全長約85m、古墳時代中期の帆立貝式前方後円墳
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纏向地域の主墳、全長約280mの箸墓古墳へ。最近国立歴史民族博物館が240年~260年に築造されたと発表し、卑弥呼の死亡時期と合うと発表したが、考古学会での更なる検討が待たれる。
下:箸墓の後円部南を前方部へ向かう
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上:ホケノ山(南西より)
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下:ホケノ山墳頂から箸墓を見る、ビニールハウスと箸墓の間に「堂の後古墳」が見える
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昼食の後、巻野内地区に散在する古墳を巡った後珠城山古墳へ。
下左:案内板。下右:1号墳(全長約50mの前方後円墳)上り口、上部中央に石室開口部がある。築造時期は6世紀後半のものでこの地区の他の古墳とは時期が離れていて、新しい。
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下左:1号墳石室開口部、下右:片袖式石室内部。玄室内には組合せ式石棺が残っていて、橿考研にある。
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東田地区の古墳
東田(ひがいだ)大塚古墳全長約120mの前方後円墳。
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纏向勝山古墳、全長約115m、前方部がやや細い柄鏡の前方後円墳。
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纏向石塚古墳、全長約96mの典型的な纏向型前方後円墳、この地区では一番古い。後円部とその周濠跡が残存している
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石塚古墳で解散、ほとんどの会員はJR巻向駅から天理・奈良方面または桜井方面へ2両編成のワンマンカーで帰る。
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by yumeoijyuku | 2009-07-21 22:19 | 現地説明会、講演会

平城宮大極殿

第一次大極殿正殿復原整備特別公開(最終回)

9月22日、休みの谷間を狙って見学に行った。昼過ぎに入ったが、すいていた。

完成予想CG・・・工事をするので完成予定の間違いではないかと思ってしまう
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初重屋根の瓦
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二重屋根(大屋根)の鬼瓦と小口金具
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二重屋根の飾り金具、左:鴟尾、右中央飾り
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二重屋根
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会場、左:覆い屋根、右:南線上に朱雀門
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by yumeoijyuku | 2008-09-22 17:59 | 現地説明会、講演会