古墳を中心に古代について、私生活も含めて語ります


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明日香村ダブル現説

飛鳥京跡第161次調査―外郭北部の調査―
  橿考研現地説明会 2009.2.14

飛鳥でダブル現説があるので出かけた。
橿考研の「現地説明会資料」によると
 世界遺産登録への足がかりとなる史跡指定に向け、飛鳥京の学術調査を実施しており、3年計画の初年度の調査ということであった。
 今回の調査は飛鳥京跡の外郭(中枢施設のある内郭の北にある役所群)北部を調査している。
飛鳥寺の南約100mの所を調査して掘立柱建物を検出した。この建物は調査区域の北へ延びている大きなもので、南には砂利敷きの庭があったことが分かり、儀式を行う広場とされた。これらの遺構は藤原宮へ遷る段階で埋められている。

飛鳥寺はその南の広場までが寺の範囲と考えられている。今後は飛鳥寺殿関係や飛鳥宮の北限について調査するとのことであった。

調査地、北方(上方)へ約500m行くと石神遺跡発掘現地。南方へ約300m行くと伝飛鳥板葺宮跡復元地。
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1トレンチ、上:北西方向、後方は甘樫丘。左手に東西に石式の雨落溝、その右手に掘立柱建物(白いテープ)。建物の左手(南)に儀式を行う広場の石敷がある(下の写真、後方中央に飛鳥寺)。位置関係は2階建ての住宅で判断されたい。
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3トレンチ:以前に検出された東西方向の石組溝、幅1.8m、深さ0.8mで底の両角には石を斜めに敷き全体をていねいにU字状に仕上げていた。この溝は飛鳥川に向けて掘られている、川の向こうは甘樫丘の丘。写真後方へ延長した1トレンチ付近で3トレンチを掘ったが検出されず、途中で曲がっていると判断された。
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石神遺跡調査
奈文研現地説明会 2009.2.14

石神遺跡は漏刻台で有名な水落遺跡の東北に広がる斉明朝の7世紀中頃に造営された迎賓館とされている。飛鳥宮との間には飛鳥寺があって宮城としては分断された格好になっている。

奈文献都城発掘調査部「石神遺跡第21次調査現地説明会資料」によると

奈文研が1981年度以降調査している。今回の調査区では7世紀前半から後半にかけて8期に亘る重複遺構が検出されてる。斉明朝における饗宴施設の東限の様子がわかった。遺跡の規模は、南北約180m、東西約130mと推定され、その全容が把握できるようになった。

説明会風景、写真後方は雷丘
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右に「東限」と書かれた名札から左(北)へ柱列があってその東には遺構がまばらで、ここが東限とされた。
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「建物5」は7世紀後半、「溝5」と書かれた向こうには7世紀の土器や瓦が出土した。
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左:昨年10月25日の発掘現場。右:今回の見学会。後方の雷丘とその手前の民家が同じ。
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by yumeoijyuku | 2009-02-16 17:34 | 現地説明会、講演会