古墳を中心に古代について、私生活も含めて語ります


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今城塚石棺複製体験

今日21日に高槻市で公園整備中の継体天皇を葬った古墳とされる今城塚古墳横の空き地で石棺の復元体験作業会があった。もう仕上げの段階であるが、始めて参加した。
 6世紀前半の前方後円墳今城塚古墳の横穴式石室には①阿蘇溶結凝灰岩(阿蘇ピンク石)、②二上山白石、③竜山石の3種で作られた石棺が収められていたことが分かっている。(98.4.4毎日新聞)。その後の発掘調査でも原形を留めないが、石棺に使用された石材が発掘されている。そこで教育委員会はこの3種の凝灰岩を入手して石棺を作っている。形はよく分からないのでよく似た古墳のものを参考にしている。今までも折々に市民が参加して作り上げてきて最終段階になっている。完成すれば展示される予定。今城塚最新の発掘情報はこのブログ「朱雀の夢ものがたり」2007.03.04参照。

先ず市立埋蔵文化財調査センターの宮崎康雄主査から説明を受けた。宮崎さんは今城塚発掘調査ではおなじみの方である。
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作業内容の説明。刳抜式家型石棺の蓋
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実際に発掘された阿蘇ピンク石(‘07.1.31採集)、上の写真で宮崎さんが持っている石。仕上げた平面が観察できる。
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作業中、今日は阿蘇ピンク石製のものの仕上げ直前作業、左:刳抜式家型石棺の胴、右:蓋
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二上山白石製組合式石棺、既に完成されている
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竜山石製刳抜式家型石棺、これも既に完成されている
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感想:凝灰岩を触ったのは初めてだったが思っていたよりは柔らかい感じだった。使った工具(金鎚)は先が直線状になった合金「タンガロイ」製ということで硬く、よく力が集中されるようになっている。古代の人たちはどんな道具を使っていたのかは知らないが、今日のものはあまり力を入れると石がごっそり欠いてしまいそうだった。「石を欠いたら自己責任で直してもらう」と脅かされたが・・・。古代でも仕上げ段階では慎重な作業が続いたと思われる。
奈良大通信の学友と参加したが、高槻市在住のOさんも来られていた。
by yumeoijyuku | 2009-01-21 21:01 | 現地説明会、講演会