古墳を中心に古代について、私生活も含めて語ります


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橿原考古学研究所友史会例会参加報告 2011.4.17

今回は南山城の遺跡をめぐる。朱雀にとっての目玉はあの三角縁神獣鏡を大量に出した椿井大塚山古墳である。この古墳は1895年(明治28)に当時の国鉄が古墳を分断して線路を建設し、1953年(昭和28)線路の拡幅工事の際に竪穴式石室が偶然発見され、当時最多の三角縁神獣鏡32面が出土している。当時京都大学講師の小林行雄が三角縁神獣鏡の役割を分析した話は有名。

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JR奈良線「玉水駅」に10時に集合して、出発。左:玉水駅前、中:出発、右:案内は橿考研の平松先生。参加人員は208人。
コースは「玉水駅」を南下して、すぐ東にとり、井出寺跡、石橋瓦窯跡に向かう。
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左:井手寺跡、:礎石、左説明板。
井堤寺は左大臣橘諸兄が創建したとされている。そこから井出の玉川を南にわたり岡田池窯跡に向かう。

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奈良市の大安寺に使われた瓦を焼いた石橋窯跡とされている。大安寺では寺の近くの
「杉山古墳」にも窯跡が有る。さらに南下して蟹満寺を過ぎて、さらに南へ、「棚倉駅」前の湧出宮へ向かう。

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下水マンホール、左:綴喜群井手町、右:旧山城町(現・木津川市)

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「棚倉駅」駅前にある湧出宮。左:駅前の参道鳥居、中:拝殿の直前に鳥居が有る、右:境内(拝殿横)。

「棚倉駅」からは、ほぼJR線沿いに南下する。平尾城山古墳は線路の東、椿井大塚山古墳に至ってはまさに線路の上にある。

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左:北河原稲荷山古墳への昇り口、中左:稲荷山古墳のある稲荷神社、中右:左の昇り口のすぐ右にある横穴、右:横穴内部。
 稲荷山古墳の東には西に開く前方後円墳・平尾城山古墳がある。2基ともかなりの山の上にある。

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椿井大塚山古墳1、左:前方部先端、中:前方部西から後円部へ、右:後円部JR奈良線の向こうになる。
椿井大塚山古墳は全長約175m、後円部径約110m、前方部長約80m、同幅幅76mの前方後円墳。

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椿井大塚山古墳2、左:古墳の真ん中を電車が走る、中:線路向こうが奈良県側、左が後円部、右:後円部墳頂のJR境界石。

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椿井大塚山古墳3、後円部、左:後円部東、後背が山で説明板の平面図では周濠は無かったようである、中:後円部、南から、右説明板。

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後円部墳頂から西の眺め。中央の家屋が前方部の上に建つ。その先中央やや左が生駒山。

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左:椿井天井山古墳、延命寺の裏に当たる、中:同左・南から、右:椿井御霊山古墳・北から。
天井山古墳は南北軸の前方後円墳と推定されているが詳細は不明。
御霊山古墳は北西に開く全長約120mの前方後円墳とみられているが実態は不明。

例会はこの後、高井手瓦窯跡、高麗寺跡と回る予定であるが、上狛駅でエスケープして帰路に就いた。
by yumeoijyuku | 2011-04-18 21:46 | 古墳