古墳を中心に古代について、私生活も含めて語ります


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大和の古墳をめぐる・・その2-31

大和郡山市の古墳

 今日は大和郡山市の古墳をめぐった。大和郡山市は人口約9万人、県下4位。しかし人口密度では生駒市に次いで県下9位となっている。
 近鉄郡山駅を西へ2つ目の狭い道を南に抜ける。突き当たりこれも細い県道を右(西)へ行き芦ヶ池を過ぎると陵墓参考地「新木山古墳」に着く。説明板によると前方部が南南西に向く大型の前方後円墳で全長122.5m。県道添いでよく目立つ大和郡山市および富雄川流域で最大の古墳であるが例によって墳丘内は立入り禁止となっている。
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左:前方部、南から。右:説明板

 ここから西に向かって行き、富雄川を渡って割塚古墳に向かう。1968年に宅地開発に先立って調査されている。径49m、高さ4.5m。石室は下半分の石積しか残っていなかったが、南に羨道部を持つ片袖式の石室と分かっている、玄室長6.6m、幅3m、羨道長7m、幅1.5mで大きなものである。墳丘はかなり掘り返されていて、大きなくぼみがあったため「割塚」といわれていたらしい、玄室には凝灰岩製刳抜式の家形石棺が無傷で残っていた。遺物から5世紀末から6世紀前半のものと考えられている。墳丘は住宅地の中に復元整備されている。
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左:墳丘(復元)、右:説明板

 六道山古墳へは富雄川沿いに南下し慈光院の蓮池のところを西へ行くと左手にこんもりした墳丘が見える。円墳のようになってしまっているが全長100m、北面する前方後円墳であったものが道路によって前方部が破壊されている。空堀があったという。古墳時代前期のものと考えられている。

 ここから県道を西へ行った北に前方後円墳小泉大塚古墳がある。この古墳も宅地開発によって前方部を破壊ざれて後円部がコンクリートで固められてひっそりと残っているが墳丘には上れない。元の全長80m、現存後円部径50m。埴輪、葺石は確認できていない。後円部に竪穴式石室がある、石室長5.8m、幅約1m、高さ約1.2m。粘土床で扁平な石を床面から約65cmは垂直に、上部へ行くほど内側へ持ち送り式に積み上げていた。石室内に有った土師器や銅鏡の型式からみて古墳時代前期前半のものとされている。
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左:後円部墳丘、右:説明板

 さらに西へ行き国立病院機構「松籟荘病院」内に笹尾古墳がある。径27mの円墳であるが、国立療養所建設に際して墳丘が埋められてしまい、1981年(S56年)病院増築に際して発見された経緯がある。玄室長4.5m、幅1.6m、高2.5m、羨道長8m、石室長は12.5mあってこの地域では最大の石室を持つ。玄室中央の石棺は壊されていて現地には無い。
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左:説明板でお勉強。右:説明板

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右側壁と奥壁

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左:墳丘上を点検。右:開口部と墳丘。

 帰りはJR大和小泉駅になる。2㎞弱の道のりとなる。

途中小泉神社によった。
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左:鳥居。中:社殿。右:由緒書

<写真はクリックすると拡大します>
by yumeoijyuku | 2010-12-16 23:23 | 古墳めぐり案内