古墳を中心に古代について、私生活も含めて語ります


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橿考研「友史会」6月例会に参加

今日はJR帯解駅から「平城京左京の寺院跡と遺跡」を巡る。御案内は付属博物館の大西貴夫先生。
梅雨の合間であったが照らず降らずの日和のなか、良く歩いた。
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先ずは駅頭で大西先生による行程の説明。
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早速出発してJR桜井線の線路を越えて北西に向かい県道木津横田線に出て北上し、越田池跡(現、五徳池)を目指す。
帯解寺の屋根をかすめる
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この池の北、ゴルフ練習場の南あたり(写真右)が九条大路と東四坊大路の交点で、平城京の南東角に当たる。残念ながら今日は池の南から「あそこら辺」と眺めただけ。
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池から西へ出て、北へ進み九条条間道にあたる道を西へとり「東九条町」バス停あたりで北へ入ると、穂積寺跡で土壇が残っている。
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ここをさらに西へ行き左に見えるマツダの手前を北へ行く。信号の手前左に郵便局があってその先の左が簡単な公園になっている説明板は無いが平城京の「東市」跡で、位置的には西にある辰市小学校からここまでが東西辺の西半分で同じだけ東にも広がっていた。南北にはここの南の信号のある道が八条大路でここから北へ八条条間道までが東市の区域となる。東半分の中央には幅約10mの東堀河が南北に通っていて水運に利用されていたが今は無い。
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この東市の北東の角に接するように姫寺跡が設定されている。東九条天満宮に土壇状の個所があり、地名も姫寺となっていて寺院跡とされた。
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姫寺跡の東の東三坊大路を北へ行くと大安寺の西塔跡に出る。大安寺は桜井市の吉備池にあったとされる百済大寺→高市大寺→大官大寺→平城京大安寺と移り当時国家筆頭の大寺院であった。今も南都七大寺に数えられている。

西塔の基壇は一辺21m、塔の初層は一辺12mで東塔と供に記録通り七重塔が並んでいたとされている。基壇の礎石は心礎以外は抜き取られている。心礎も矢穴が残っているので割って持ち出そうとしたができなかったものと思われる。
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大安寺では河野貫長から寺の経緯や光仁天皇にまつわる癌封じの笹酒のいわれを聞かせてもらった。
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桂木団地にある「野神古墳」、
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大安寺北方(旧境内)の「杉山古墳」
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奈良市埋蔵文化財調査センターでは特別に開館して見学させてもらった。そして、この後県立図書情報館の敷地にある遺跡、平城宮に回って解散となるが、ここで失礼して帰路に就いた。

<写真はクリックすると拡大表示します>
by yumeoijyuku | 2009-06-22 00:02 | 現地説明会、講演会